筆者紹介:Hiro Shibata

日本で生まれ育ち、電気工学科を卒業してメーカーに就職、社会人4年目で初めて海外に出る。以降、海外渡航暦は通産で10年を超え、旅行や出張で訪れた国は13カ国。年を重ねた今でも学習意欲は旺盛で、新しいコトに挑戦し続ける。

Hiro Shibata

このブログのURLは BigakuEigo.com つまり「美学英語」です。
試験科目としての受験英語と違い、活きた英語は聞く、話す、読む、書くことを通して異文化を学び人とのコミュニケーションを深めることであり、そこには美学があると考えています。これは私が経験から学んだことで、この考えを少しでも多くの人と共有できればと思っています。

愛知県名古屋市在住。趣味はカフェめぐり。コーヒーと猫をこよなく愛する。良い音楽を聴くと自然に体が揺れだす。職歴は異様に豊富だが良い仕事には恵まれず、新しい可能性を模索中。

趣味のカフェめぐりは、以前は「HiroのCafe巡り」というハッシュタグを付けてInstagramに投稿していましたが、今では「HiroのCafeめぐり」というもう一つのブログを立ち上げて、丁寧にコーヒーを淹れて落ち着けるお店を紹介しています。

Cafe.BigakuEigo.com

URLは、BigakuEigo.comの前にCafe.をを付けただけですね。

筆者略歴

上述のように職歴は異様に豊富ですが、いまだに新しい可能性を模索中です。冗談みたいな職歴ですが、すべて実話です。

Apr. 1990 – Mar. 1994
神奈川県平塚市
Bachelor of Engineering, Electrical Engineering
東海大学
工学部電気工学科。卒業論文はニューラルネットワークについて。実は理系です。この頃は将来自分が海外に住むなど微塵にも思っておらず、一般教養の英語の授業もサボっていた。
Apr. 1994 – Aug. 1997
東京都八王子市
Junior Electrical Engineer
大手光学機器メーカーに就職して医療機器の開発に携わる。自分の将来を見失いかけ、海外ボランティアに行くことを決意するが、英語はしゃべれなかった。
Dec. 1997 – Dec. 1999
Nuku’alofa, The Kingdom of Tonga
Volunteer Biomedical Engineer
光学機器メーカーを休職し、語学中心の派遣前合宿訓練を経て青年海外協力隊隊員としてトンガ王国に赴任。Vaiola Hospitalで医療機器の保守管理技術の指導にあたる。英会話の伸び悩みに苦悩する一方、必要に迫られ英文のサービスマニュアルを読みあさるうちに多読に目覚める。
Dec. 1999 – Mar. 2002
東京都八王子市
Senior System Engineer
海外ボランティアを終了して光学機器メーカーに復職。海外に住んでいたというだけで英語に堪能だと決めつけられるが、期待と現実のギャップに苦悶する。海外の子会社と仕事をするために必死になって英語を猛勉強し、シャドーイングも行い実力を上げるが、「海外に住んでた人はいいね」で済まされて再び苦悶する。
Feb. 2003 – Aug. 2003
東京都、神奈川県
Part-time Science Teacher
再び自分の将来を見失い、海外の大学院留学を決意する。留学準備に専念するために工学機器メーカーを退職し、留学予備校に通う一方で学習塾の時間講師として小学生に理科を教える。
Sep. 2003 – Mar. 2008
Calgary, Canada
Master of Environmental Design, Industrial Design
University of Calgary
Faculty of Environmental DesignでIndustrial Designを学ぶ。学部内で唯一の日本人留学生で、1年目は自分の英語の実力の低さに打ちひしがれるが、カナダ人のクラスメイトに支えられる。3年目にはTeaching Assistantとしてカナダ人の後輩を教える立場になり、Engineers Without Bordersではカナダ人相手にディスカッションのFacilitatorを務める。
Jun. 2005 – Aug. 2005
東京都
Part-time Proofreader
Calgary大学在学中の夏休みに長期一時帰国し、短期の派遣仕事として英文校正の仕事に携わる。文系の方が多い出版社で大手電気機器メーカーの英文取扱説明書の校正を行い、英語力と理系の知識を重宝がられる。
Sep. 2006 – Dec. 2006
Calgary, Canada
Part-time Japanese Language Instructor
Calgary大学在学中に私設の日本語学校でカナダ人の子供達に日本語を教える。
Apr. 2008 – Mar. 2011
神奈川県川崎市
Chief Engineer
Calgary大学を卒業後カナダで就職する夢は叶わず、失意の帰国となる。当面の繋ぎの仕事として個人経営の会社でCAD Operatorの派遣職を得るが、技術力と英語力を買われて正社員のEngineerに。アメリカの関連会社とは日常的に英文メールを交わし、アメリカとドイツのクライアント会社にはインストラクターとして赴き技術指導を行う。
Apr. 2011 – Aug. 2011
神奈川県川崎市
Contract Technical Support
勤めていた個人経営の会社の社長に認知症の症状が表れ、危機感を覚えて依願退職する。英語力と理系の知識を活かし、大手電機メーカーの子会社で英語のテクニカルサポートの派遣職を得る。一方で、敗者復活戦として再びカナダに渡る計画を練る。
Sep. 2011 – Aug. 2012
Hamilton, Canada
Master of Engineering Design, Product Design
McMaster University
再びカナダに渡り、GMC Centre for Engineering DesignでProduct Designを学ぶ。やはり学部で唯一の日本人留学生で、Engineerの教授とDesignerの教授が共同で指導する授業ではEngineeringの職歴とDesignの学歴がある学生として重宝がられ、ボランティアでクラスメイトにデザインの指導をする。卒業後、就職が決まるまではボランティアのTeaching Assistantとして後輩を指導する。
Nov. 2012 – Jul. 2013
Orillia, Canada
Contract Technical Japanese Interpreter/Translator
McMaster Universityを卒業後デザインの仕事を探すも叶わず、不本意ながら日系企業で短期の技術通訳の仕事を得る。カナダにいながら日本人と働くことに違和感を覚え、カナダ人と文化の差を埋められない日本人出張者との間で悩む。
Jul. 2013 – Oct. 2013
Mississauga, Canada
Freelance Translator
短期の技術通訳の仕事を終え、再びデザインの仕事に応募するが採用されず、生活費を稼ぐためにフリーの翻訳の仕事を始める。しかし収入は限定的で実質無職状態。
Nov. 2013 – Jan. 2014
Mississauga, Canada
Contract Japanese Interpreter
結局デザインの仕事には就けず、数ヶ月の実質無職期間の後に再び不本意ながら日系企業で短期の技術通訳の仕事を得る。
Jan. 2014 – Oct. 2015
Mississauga, Canada
Production Support Administrator
短期の技術通訳として採用された日系企業に新設された部署で正社員として雇用される。ストレスの多い環境で言うことを聞かないカナダ人の同僚に英語で怒鳴り散らす一方、関係者を集めた打ち合わせでは進行役も務める。カナダ人の上司からは重宝がられるが、最後はレイオフされる。
Jan. 2016 – Dec. 2016
愛知県名古屋市
Senior Administrator
自分をレイオフしたカナダの日系企業とパートナー関係にある日本の中堅企業に採用が決まり帰国する。始めの1年間はその日系企業の親会社に派遣され、かつての同僚のカナダ人を相手に英文メールや電話会議を通じて調整業務を行う。
Jan. 2017 – Jul. 2018
愛知県知多市
Senior Administrator
派遣先から所属の中堅企業に戻り、かつて自分が働いていたカナダの日系企業と提携した業務を進める。契約の締結や日本人インストラクターの派遣準備に携わり、自らも2度のカナダ長期出張を果たす。仕事外でこのブログを書き始める。
Aug. 2018 – Oct. 2019
大阪府茨木市
Administrative Manager
務めていた中堅企業がひょんなことから飲食業に進出。大阪でラーメン屋を営む会社と提携関係を結び、業務引継ぎのために長期出張する。引継ぎ終了後も業務改善やIT業務、ウェブマーケティングなどの手腕を買われて居座り、挙句の果てに転籍する。まかないのラーメンをほぼ毎日食べながら、フリーの翻訳の仕事をしていた経験を活かして多言語ウェブサイトを作成したり、外国語メニュー作成やメディア対応なども手がける。
プライベートではもう一つのブログサイト「HiroのCafeめぐり」を開設する。
Nov. 2019 – Current
愛知県名古屋市
Group Leader
親会社が海外事業に本腰を入れることとなり、急遽連れ戻される。かつて所属していた部署は解散し、海外事業室所属となる。ラーメン屋のマーケティング業務を遠隔で継続しつつもまかないが食べられない日々に悶々とし、一方で新しい任務の可能性も探り始める。何気にグラフィックデザインの業務も手がけ、実情を知らない人からはデザイナーだと思われる。
筆者紹介|可能性の扉ー活きた英語が身に付けば世界が広がる